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生みの親として深い感慨
4月1日、郵政公社がスタートしました。私が郵政大臣の時に道筋を作り、郵政事業庁から衣替えして新生発足したもので、生みの親の1人として本当に感慨深いものがあります。
平成9年に第123代郵政大臣に就任した時には行政改革の大波のまっただ中でした。民営化の是非、郵便・貯金・簡保の3事業をどう取り扱うか、職員の身分は――激論が続き、私の一言半句、一挙手一投足が注目されていました。
「郵政3事業は一体」貫く
私の立場は一貫していました。「郵政3事業は一体、職員の身分は公務員、明治以来、築き上げた郵便局ネットワークを生かした全国あまねく公平なサービスを守る」――どんな圧力に対しても私の主張はぶれませんでした。
郵政大臣の辞表を懐にした私の主張がとおり、「郵政省」は平成13年、郵政事業庁となり、いよいよ今回、新たに国営の「日本郵政公社」が生まれました。私にとっても郵政公社法、信書便法など関連法の制定をめぐって、黒子に徹して根回し調整役を務めました。
「温故知新」の精神で
昨年の通常国会で郵政関連4法案が修正可決され、郵政公社の枠組が決まるまで、苦労続きの5年間でしたが、担当大臣として明治以来130年にわたって先人の築いてきた郵便事業制度の守るべきは守り、変えるべきは変えるという「温故知新」の精神を貫けたことに満足しています。
新生の郵政公社は民間の経営手法も取り入れ、当初4年間で4兆円の利益を目指しています。民間出身の生田正治総裁は「郵政3事業はサービス業という原点をしっかり心に刻み、定着することが必要」と述べ、「真っ向サービス」を強調しています。
住民サービス機関として存続を確信
徹底した効率化とサービスによって、民間と競争することになりますが、私は、職員数28万人、全国2万4700の郵便局が全国津々浦々に定着した役割と地歩を堅持し、これまで通り地域社会の中核施設として住民サービス機関として親しまれ、利用され続けられることを確信し、新生公社を見守って行きます。
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