平成6年11月
71.新十区から出馬決意
これほど身を切るような苦しい思いを経験したことは、私の人生ではあまりありませんでした。新しい選挙区を定めた法律には従わざるを得ず、新十区にするか、新十一区にするか、寝ても覚めても私の脳裡から離れず、悩み抜きました。
そして、新選挙区の十区(北九州市小倉北、南区、門司区)から次の衆議院議員選挙に出馬することを決意しました。
それにいたるまでに各地区後援会の主だった方々のご意見をお聴きしました。北九州地区は新十区から、田川、京築地区は新十一区から、のご要望が強く最終判断は私や連合、各地区後援会長などに一任とのご決定をいただきました。それに基づき最終協議の結果、新十区から出馬となったわけです。
熱烈に支援していただいた田川、京築地区のみなさんには誠に申しわけないことですが、みなさんの期待にそむく結果になりました。
田川、京築地区の後援会はそのまま残し、みなさんとのきずなは、これからも大事にし、これまで以上に温めていきます。
新しい選挙区の十区にはしゅん烈な戦いが待っています。しかし、すべての後援会のみなさんからは「選挙に勝つための選択をしろ。選挙区に関係なく従来通り応援する一という力強い励ましを受けました。これをバネにして烈々の気概で困難に立ち向かいます。 |