平成6年4月
64.渡辺首相ならず
細川護煕首相の後継首班として渡辺美智雄元副総理は、自民党を離党してでもと、捨て身で総理の座に意欲を燃やされましたが、実現しませんでした。 病に倒れたあと、七十歳という年齢も顧みず、憂国の情もだし難く後継首相に名乗りをあげられました。その姿には鬼気迫るものがありました。
渡辺元副総理は早くから総理総裁の器といわれています。細川首相が一国の政治を束ねるには、あまりにも頼りなく、不甲斐ないことから渡辺元副総理に寄せる期待は大きく、総理になる機は熱していたと思っていました。渡辺元副総理もこれを感じ取っておられたでしょう。
こんども渡辺総理実現のため自民党内の署名集めにかけずり回りました。それは総理と総裁を分離する案で、先輩の山崎拓代議士とともに昼夜を問わず同志を募る努力を重ねました。
しかし、考えるように党内がまとまりませんでした。人脈や利害、感情が複雑にからみ合っていたのです。しかも、連立与党が一時自民党の一部と連携する動きをみせながら最終的には連立の枠組みを変えないことを決め、結局は渡辺元副総理の出る幕がなくなりました。
私が政治の父、政治の先生と尊敬する渡辺元副総理ですが、いまは意外とさばさばしておられます。いずれ天が渡辺元副総理を首相として求める日がくると思っています。 |