平成6年2月
62.日米関係
日米首脳による包括経済協議が物別れになり、両国間に暗雲がただよっています。経済問題だけでなく、日米安全保障体制にまで亀裂が入らなければよいがと心配しています。 戦後のわが国は、日米安保条約に基づく同盟関係があって自由と民主主義が守られ、経済の繁栄が確保されてきました。 いままでアメリカの外交政策は日米安保体制の堅持を最優先に考え、その立場から日米の経済問題を話し合いで解決してきました。ところが、冷戦の終結で安全保障から経済重視に外交政策の転換が、クリントン大統領によって行われました。 そうした背景が、こんどの包括経済協議にあったと思います。それを十分理解せずに官僚まかせで交渉に臨んだことが物別れにつながったのだといえるでしょう。 世界の情勢はめまぐるしく変化します。それだからこそ日米関係は一層揺るぎないものでなければなりません。それなくしてはアジア・太平洋の近隣諸国とわが国との関係も安定的に発展させることはできません。 私が通産省の政務次官の時指定を決めた北九州市のFAZ(輸入促進地域)の消長にも影響します。 こんご日米関係は厳しくなるでしょう。良好な日米関係を続けるには、世界的な視野に立って、主張すべきは主張するが、譲るべきは譲ることが必要だと思います。 |