平成4年3月

43.ロシアと医療交流

露日医療財団設立総会に出席するため国会議員代表として中山太郎前外務大臣と私が三月二十二日から六日間、ロシア共和国に行って来ました。
 財団は、日露間で医者、医療技術の交流を図り、資金援助もしようというもので、ロシア側は二十三日設立されました。日本側の財団は五月に発足する予定です。
 ロシアを訪問してまず感じたのは、ソ連が軍事優先政策で国民生活に犠牲を強いたことです。国会議員が住む公営アパートをご本人に案内してもらいましたが、その粗末なこと。エレベーターはガタガタ揺れて肝を冷やしました。一方では人工衛星をつくっている工場の目を見張るりっぱなこと。軍事大国の現実をまざまざとみせつけられ、国が滅ぶべくして滅びたという恩いを強くしました。
 共産党大幹部専用の病院がありました。いたれりつくせりの施設。国の補助金が減り困っていましたが、それでも古い医療機器で医療も十分でない一般の病院に比べ、雲泥の差です。
 党の特権階級や軍人だけが優遇され、それが腐敗と衰退を呼んだといえます。
 日本人としては初めて会ったロシア正教大主教が「精神の健康回復がまず必要」といわれたのがよくわかりました。
 財団の設立でロシアの遅れた医療の向上に役立てば、国際貢献の一つになるでしょう。
 平成4年4月 44.予算成立  平成四年度の国の予算が四月九日成立しました。一般会計で七十二兆二千百八十億円です。
 こんどの予算で特徴的なのは景気回復に配慮して公共事業関係を前年度当初比で五・三%増額、しかも前半に七五%を前倒しすることです。通産省の政務次官をしていた昨年八月から景気対策の緊急性を主張していただけに一日でも早い景気回復を願っています。
 もう一つは高齢化社会に対応マンパワーの強化、特に看護婦の養成、労働環境改善などにいままでにない予算を組みました保健医療・福祉の人材確保を図ります。医者出身の国会議員として力を注いできた問題で好ましい方向づけができました。
 地元関連では、新規に第二関門橋の建設調査費がつき、産炭地振興の財源・石炭特別会計はほぼ満額獲得、苅国港の改修にも大きな予算がつきました。
 予算がらみでは、新北九州空港の建設が第六次空港整備五ヵ年計画に盛り込まれ、東九州自動車道の建設は予定路線から計画路線に格上げされ、実現に一歩前進しました。
 国道10号線のバイパスは八月ごろ豊前市内二・四キロが完成。これで北九州市から豊前市までバイパスが通り、交通渋滞が大幅に緩和されるでしょう。
 予算獲得に力を発揮できる政権政党の四区の衆議院議員は私だけ。こんごも期待に応える働きをします。


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