平成3年6月
34.惜しまれる安部さんの死
志なかばで亡くなられた安倍晋太郎・元自民党幹事長の党葬と山口県民葬に私も出席、ご冥福をお祈りしました。 安倍さんで印象深いのは、末吉興一・北九州市長が初めて市長選に出馬された時のことですそのころ北九州市は円高不況で沈滞のどん底。救済策として国が構造不況地域に指定、いろいろ補助や助成をすることになった。そのことを私はJR門司駅前で行われた末吉さん応援の街頭演説でしゃべり、「自民党は口だけでなく、やることはきちんと実行します」と強調したところ、私のあとに演説するため同席していた安倍さんが「よし、いいぞ」と気合を入れてくれました。当時党総務会長で安倍派の領袖の安倍さんが、派閥が違う二年生議員の私の演説にも気を遣っているのには感心させられました。 またこんなこともありました。WHO(世界保健機構)の事務局長に初めて日本人を送り込むのに世界各国から票集めをしたが、私は責任者の一人として随分苦労しました。それを知った党幹事長だった安倍さんが、元外相の実績を生かして票集めに難渋している国に親書を送り、日本人事務局長実現に力を貸してくれました。この時も気配りのいい、さすがは安倍派を率いる大政治家だと痛感しました。 誠実で温か味があり、将来を約束された政治家だっただけに惜しまれてしようがありません。 |